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浦和地方裁判所 平成元年(ワ)511号 判決 1991年11月08日

原告

横野敏彦

横野恵子

右両名訴訟代理人弁護士

新掘富士夫

右同

河野孝之

右同

井田吉則

被告

埼玉県

右代表者知事

畑和

右訴訟代理人弁護士

関井金五郎

右同

萩原猛

右同

町田知啓

右指定代理人

安達賢次

外五名

主文

一  被告は、原告両名に対し、それぞれ金九三九万四七九〇円及び右各金員の内金八五四万四七九〇円に対する昭和六三年八月一八日から、右各金員の内金八五万円に対する平成元年五月二六日から、いずれも支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告らのその余の請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用は、これを二分し、その一を原告らの、その余を被告の各負担とする。

四  この判決は、原告ら勝訴の部分に限り、仮に執行することができる。

但し、被告が、原告ら各自につき金五〇〇万円の担保を供するときは、それぞれの仮執行を免れることができる。

事実及び理由

第一原告らの請求の趣旨

被告は、原告ら両名に対し、それぞれ金二三四六万〇六四六円及び右各金員の内金二一二一万〇六四六円に対する昭和六三年八月一八日から、右各金員の内金二二五万円(弁護士費用)に対する平成元年五月二六日から、いずれも支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

一当事者

1  原告横野敏彦(以下「原告敏彦」という。)及び同横野啓子(以下「原告恵子」という。)は、後記の事故で死亡した横野祐介(死亡時五歳。以下「祐介」という。)の両親である(争いがない)。

2  被告は、埼玉県上福岡市<番地略>所在の親水公園(以下「本件親水公園」という。)を設置してこれを管理する地方公共団体である(争いがない)。

二本件事故の発生

祐介は、昭和六三年八月一八日午前一一時四〇分頃、本件親水公園内の水遊び場で遊んでいた際、水遊び場と河道部分との境に設置されていた防護柵(以下「本件柵」という。)の横棒間あるいは横棒とその下に張られていたワイヤーロープとの間の隙間を潜って、折から降雨による増水で水深が約1.35メートルに達していた河道部分に入り込んだため、水に溺れて死亡した(<書証番号略>、原告恵子、弁論の全趣旨)。

三主要な争点

本件は、原告が祐介の死は本件親水公園の設置又は管理に瑕疵があったためであるとして、国家賠償法二条一項に基づいて、祐介の逸失利益等の損害と遅延損害金の支払を求めるのに対し、被告が本件親水公園の設置又は管理に瑕疵はなかったとして争っている事案であり、その主要な争点は、本件親水公園につき国家賠償法二条一項にいう公の営造物の設置又は管理に瑕疵があったか否かにある。

第三主要な争点に対する判断

一国家賠償法二条一項にいう公の営造物の設置又は管理に瑕疵があったといえるかどうかは、当該営造物の設置目的、構造、用法、場所的環境及び利用状況等諸般の事情を総合考慮して具体的個別的に判断すべきものである。

そこで、本件親水公園について、その設置目的、構造、用法、場所的環境及び利用状況を順次検討した上、これらを総合考慮して右瑕疵の有無の判断に及ぶこととする。

1  本件親水公園の設置目的について

本件親水公園は、新河岸川の旧河川敷の有効利用及び付近住民が水と親しむことができるようにすることを目的として、被告が水辺環境整備事業の一環として建設したものである(争いがない)。

2  本件親水公園の構造について

(一) 本件親水公園は、造成された公園部分(陸地部分)と水路部分とから成り、後者は更に河道部分と水遊び場とに分けることができる。水路部分は、新河岸川放水路から水を引き込んでいる。河道部分は本件親水公園の東側に延長して放水路として利用することが計画されているが、本件事故当時は本件親水公園より東方の工事はなされておらず、河道部分の水は流れることなく滞留していた。

(二) 河道部分及び水遊び場の形状及び位置関係は、別紙図面一ないし三記載のとおりである。河道部分の幅員は水面部分で約五メートル、水遊び場は河道部分に沿って細長く、中央部分がふくらみを持った形をし、東西が約二六メートル、南北の最長部分が約六メートルとなっている。平常時の水深は、水遊び場で0.2メートル前後、河道部分の中央付近で一メートル前後であるが、河道部分のうち、本件柵を挟んで水遊び場と接している部分付近は、水遊び場と同じ水深になっており、右柵から約0.6メートル河道部分に入った位置から急な斜面となり、その先が水深一メートル前後と急に深くなる。なお、水は平常時でも濁っており、外見だけでは水深がどの程度あるのか分からない。

(三) 本件柵の形状は、別紙図面二記載のとおりである。その高さは約1.4メートルで、最上部から約0.35メートル間隔で合計三本のコンクリート製擬木の横棒が設置されており、また最下部の横棒の下約0.35メートルの位置(水底からは高さ約0.3メートルの位置)にはワイヤーロープが張られている。

(以上につき、<書証番号略>、検証の結果、弁論の全趣旨。)

3  本件親水公園の用法について

右設置目的及び本件親水公園の構造から明らかなように、右公園中の水遊び場は、児童や幼児が水に漬かって遊ぶことを本来の用法と予定して設置されたものであり、本件親水公園の設置管理に携わる被告の職員も、この本来の用法を認識していた(証人船木友平、同辻修治)。

4  本件親水公園の場所的環境及び利用状況について

本件親水公園は、農地と住宅地が混在する場所に存在し、付近の児童や幼児が遊び場として利用している(原告恵子、検証の結果、弁論の全趣旨)。

二国家賠償法二条一項にいう瑕疵の有無についての判断

1 右1ないし4で判示したように、本件親水公園中の水遊び場は、児童や幼児が水に漬かって遊ぶことを予定して人工的に設置され、現にそのように利用されているのであるから、自然の状態に残された河川とは大いに異なり、児童や幼児が水に漬かって遊ぶ施設として通常有すべき安全性が要求されるのは当然のことであり、これを欠いている場合には、設置又は管理に瑕疵があることになる。

2 ところで、水遊び場と河道部分の境には本件柵が設置されており、その最上部から約0.35メートル間隔でコンクリート製擬木の横棒とワイヤーロープが張られていることは既に判示したとおりであり、この間隔であれば、幼児は、その体形に照らして比較的容易にこれを潜り抜けることができる。このことは、祐介が潜り抜けたと認められることからも明らかである。

また、水遊び場と河道部分の水が平常時でも濁っており、外見だけでは水深がどの程度あるのか分からず、水も流れることなく滞留していたことも既に判示したところであり、従って、好奇心にかられた幼児が、河道部分の水深が水遊び場に比べて著しく深く危険であることに思い至らずに、横棒間あるいは横棒とワイヤーロープの間を潜り抜けて河道部分に入り込んでしまうおそれがあることは容易に予測できるところである。

更に、本件柵を潜り抜けても、その先約0.6メートルは、水深が水遊び場と異ならないから、その先も安全であると考え、本件柵に幼児の手が届かない位置まで進んでから不用意に深い部分に落ち込んでしまう危険性が極めて大きい。しかも、深い部分との境は急な斜面になっているので、体は本件柵から遠い位置に落ち込みやすく、幼児が落ち込んだ場合に本件柵につかまるなどして溺れるのを防ぐことは困難である。

3 右に述べたような事情を考慮すれば、本件親水公園は、児童や幼児が水に漬かって遊ぶ施設として通常有すべき安全性を欠くものであって、設置又は管理に瑕疵があるというべきである。

4  これに対し、被告は、(1)本件柵は転落防止装置として十分であるとともに、その設置により危険性は十分に告知されていること、(2)被告の設置した類似の親水施設の防護柵は本件柵と同様のものであるが何ら問題が生じておらず、改善するようにとの要望等も出されていないこと、(3)本件自然公園は降水時には新河岸川放水路の雨水を排水したり、一時的に貯溜する機能を有しており、右機能を妨げることのないよう、柵の構造は制約されること、(4)本件事故は通常予想できない祐介の行動によって生じたものであることを理由に、本件親水公園の設置又は管理には瑕疵がなかったか、瑕疵があったとしても瑕疵と本件事故との間には相当因果関係が存在しないと主張する。

しかし、以下の理由により、被告の右主張はいずれも採用できない。

(一) 幼児が本件柵を潜り抜けてしまうおそれがあることは既に判示したとおりであり、従って、水遊び場の安全設備としては、誤って転落するのを防止するための設備だけでは足りない。また、本件親水公園の利用者には判断力が不十分な幼児も当然に予定されていたのであるから、本件柵の設置だけでは危険性の告知として十分ではない。

(二) 従前に事故が発生しなかったこと、要望等がなかったことは、これらだけでは瑕疵を否定する事由とはなりえない。

(三) 本件全証拠によっても、本件柵の横棒やワイヤーロープの間隔を現在よりも狭める等の措置を施すことによって、被告主張の右(3)の機能が害されるとまでは認められない。

(四) 本来的に利用することが予定されている幼児等が、好奇心にかられて本件柵を潜り抜けてしまうおそれのあることを容易に予測できることは既に判示したところであり、従って、通常とは異なる行動をとったことを理由に瑕疵の存在を否定し、あるいは因果関係を否定することはできない。

第四その他の争点に対する判断

一過失相殺

原告恵子本人尋問の結果及び弁論の全趣旨によれば、(1)同人は、祐介が本件親水公園に遊びに行くことがあることを祐介自身や祐介の友達の祖母である訴外原田アヤから聞いて知っていたこと、(2)原告恵子は、原田アヤから、公園の前には川があるので子供だけで行くのは危ないのではないかと言われていたが、本件親水公園がどのような場所であるかについてさほど関心を持たず、祐介に口頭で注意しただけで現場を確認するようなことはしなかったこと、(3)原告敏彦も祐介の遊び場所に特に関心を持っていなかったことが認められる。

五歳前後の幼児は、通常旺盛な好奇心を持ちながらも十分な判断能力を備えるまでには至っていないのであるから、このような子を持つ両親は、自分の子供が日頃どのような場所で遊んでいるのかについては細心の注意を払い、その遊び場を確認するとともにそこが危険な場所であれば、どうして危険であるのかを教え、またはそこに近づかないように指導するのが当然である。そして、既に認定の本件親水公園の構造、本件事故の態様等に照らすと、原告らが祐介に対し右の指導を行っていれば、本件事故の発生を防ぐことができた可能性が高いのであるから、原告らの過失も相当大きいものと言わなければならない。

以上によれば、原告らの損害から五五パーセントを過失相殺するのが相当である。

二損害

1  逸失利益

祐介の逸失利益の算定の基礎となる収入は、同人が死亡した昭和六三年の賃金センサス(男子労働者の産業計・企業規模計・学歴計)によるのが妥当である。右によれば、年収は四五五万一〇〇〇円となる。

そして祐介は死亡時五歳であり、一八歳から六七歳までの四九年間就労可能であったが、その間の生活費を五〇パーセント、中間利息をライプニッツ方式によりそれぞれ控除すると(ライプニッツ係数は9.635)、その逸失利益を計算するための計算式は次のとおりとなる。

(計算式)

455万1000×(1−0.5)×9.635

右計算式によれば、祐介の逸失利益は、原告ら主張の二一三二万一二九二円を下らないことが認められる。

このうち被告に対して請求できる金額は、五五パーセント過失相殺した九五九万四五八一円であり、原告らは、これを各自二分の一(四七九万七二九〇円)ずつ相続した。

2  慰謝料

祐介の死亡により原告らが両親として受けた精神的苦痛は少なからぬものがあると推認されるが(原告恵子、弁論の全趣旨)、他方、既に判示したとおり、祐介の死亡については原告らの過失も大きな原因として挙げなければならないのであるから、その慰謝料は原告ら各自につき三五〇万円が相当である。

3  葬儀費用

祐介の葬儀費用として原告らが支出した額は、原告ら主張の一一〇万円を下らないことが認められるが(<書証番号略>)、このうち被告に対して請求できる金額は、五五パーセント過失相殺した四九万五〇〇〇円(原告ら各自二四万七五〇〇円ずつ)である。

4  弁護士費用

右1ないし3の認容額、事案の性質等に照らせば、弁護士費用は、原告ら各自につき八五万円が相当である。

第五結論

以上によれば、原告らの本訴請求は、被告に対し、それぞれ九三九万四七九〇円及び右各金員の内金八五四万四七九〇円に対する本件事故発生の日である昭和六三年八月一八日から、右各金員の内金八五万円(弁護士費用)に対する訴状送達の日の翌日である平成元年五月二六日から、いずれも支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由がある。

よって、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官清野寛甫 裁判官田村洋三 裁判官飯島健太郎)

別紙図面一ないし三<省略>

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